すべてはメンタルモデルという考え方から

1998.10.8

文章を読む人は情報の入力があると、認知心理学上でいうメンタルモデルを形成します。読み手がメンタルモデルを維持している限り、次に来る情報に対する予測があたるので、入力情報を高速に処理できます。したがって、読み手にとって理解しやすい文章を書くためには、読み手のメンタルモデルをしっかり形成/維持させなくてはなりません。ライティングの重要なルールの多くは、読み手のメンタルモデルを崩さないようにすることを目的としていると見ることができます。

    メンタルモデルという用語は、各分野で微妙に異なる意味で使われます。そこで、上記のように「文章を読み進むにあたって心内に構成していく理解内容であると同時にその後の読解の拠り所となるもの」としてのメンタルモデルは、区別のため状況モデルと呼ばれることがあります。

メンタルモデルとは、人がある情報に関して、それぞれ独自に作り上げる心の世界です。人は情報が入ってくると、その情報を高速に処理するために、とりあえずこれはこういうもんだと、モデルを作ります。これがメンタルモデルです。

いったんこのメンタルモデルができあがると、そのモデルにしたがって人は思考するようになります。例えば、『昔々おじいさんとおばあさんがいました。』と来れば、読み手の頭の中に『おじいさんとおばあさんがいる』世界ができあがり、『おじいさんとおばあさん』に関する情報が活性化します。すると、『おじいさんとおばあさん』に関する情報の入力を予測します。(正確には『おじいさん』に関する情報の入力を期待します。なぜなら『おじいさんとおばあさん』という順序で述べられているからです。)

メンタルモデルがうまく機能している限り、読み手は理解しやすいと感じます。なぜなら、メンタルモデルが機能していれば、次の情報に対する予測があたるからです。自分の予想どおりに話が展開されていけば、それだけ理解に要する負担が減り、読み手は理解しやすいと感じるのです。

逆に、予想外の情報が入力されて、メンタルモデルが崩れたり、メンタルモデルを再構築したりしなければならなければ、読み手は理解しにくいと感じます。メンタルモデルが崩れているとは、従来の情報と新しい情報の関係が理解できない状態です。これはまさに、「わからない」という状態です。メンタルモデルを再構築するとは、従来の情報と新しい情報の関係を見出して、新しいメンタルモデルを作ることです。この場合でも、読み手は従来の情報と新しい情報の関係を見出すという負担を強いられます。たびたびメンタルモデルの再構築をしいられると、それだけ負荷を強いられますので、読み手は分かりにくいと感じるのです。

読み手に負荷をかけない(=理解しやすい)ためには、読み手のメンタルモデルをしっかり形成/維持させなくてはなりません。

ライティングの重要なルールの多くは、読み手のメンタルモデルを崩さないようにすることを目的としていると見ることができます。例えば以下のようなルールです。

  • 総論からはじめる
  • パラレリズムを守る
  • 1つのパラグラフでは1つのことだけを述べる
  • 要約文をパラグラフの先頭に置く
  • 文の前半では古い情報を、文の後半では新しい情報を述べるようにする
  • 文と文、パラグラフとパラグラフをつなぐ言葉を入れる

たとえば、文章を総論からはじめるのは、読み手にメンタルモデルを形成させて、理解を助けるためです。文章を総論からはじめれば、読み手はその総論にそったメンタルモデルを構築します。その結果、総論に続く文章は、総論にしたがって展開されるはずだと予測します。また、その総論に関係のある情報を活性化します。そこで、総論に続く文章が、予測どおりに総論にしたがって展開されれば、とてもすんなり理解できるわけです。しかし、総論に続く文章が、予測どおりに総論にしたがって展開されなければ、展開されつつある文章と総論との関連を見いだそうと、読み手はメンタルモデルを再構築しようとします。メンタルモデルが無事再構築されたとしても、それだけ読み手に負荷がかかりますから、読み手は理解しにくいと感じます。まして、メンタルモデルが再構築できなければ、理解できないと感じるのです。

また、パラレリズムを守るのも、読者のメンタルモデルを崩さないようにして、理解を助けるためです。人は、物事が並列してあるのを見ると、メンタルモデルを形成します。つまり、そこには同じ種類のものが、同じ形で並んでいるはずだと予測するのです。そして、第一項目の内容を認識した段階で、さらにメンタルモデルを絞り込み、より具体的な予測をします。ここで、パラレリズムが破られ、第二項目以降に第一項目と並列しないものが現れると、読者のメンタルモデルによる予測がはずれることになります。パラレリズムの狂いがわずかなものであれば、修正も容易でほとんど無意識のうちに行われますが、狂いが大きすぎて、読者のメンタルモデルが崩壊すると、読者は混乱することになります。メンタルモデルの修正が小さくてすんだとしても、読者に無意識の負担をかけ、なんとなく分かりにくいという印象を与えることになります。

以上のように、理解しやすい文章を書くには、読み手のメンタルモデルをしっかり形成/維持させなくてはならないのです。

 

    貴重なご意見をいただきました、中京大学 情報科学部 認知科学科の高橋和弘先生に感謝いたします。